脳髄日和
てらっち的ポエム、あるいはエッセイ。
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2010.04.23_16:10
「近頃おなじ夢ばかり見るんです。何度も何度も何度も。それもきまって眠りの浅いときに。夜、ぐっすり眠っているときにはなんの夢も見ないんですよね。けれど、たとえば電車やバスなんかに乗っているとき、ついうとうとしてしまうことがあるでしょう? そんなときによくある、半覚醒状態というか……眠っているのか、起きているのか、どちらともおぼつかない状態。そういうあやふやな眠りのときに必ずおなじ夢を見るんです。夢……というか、断片的なイメージといったほうが正しいでしょうか。ストーリーもないし、人物もでてこない。なんの意味も表さない、無味乾燥な、たんなるイメージの連続です。その内容を具体的に申しますと……ええと、まず『そこ』にはなにもありません。ただ真っ白な世界が続くだけです。地平線の先まで、とにかくなにも存在しません。いや、地平線すらない。本当になにもない。空っぽの空間です。そこには僕すら存在していません。いえ、もちろんその空間を見ているのは僕自身ですから、僕はその空間に存在しているはずですが……ですけど存在しないんです。矛盾しているようですが、とにかくそうなんです。誰もいない。なにも存在しない。そんな空間です。で、その空間が、どんどん崩壊していくんです。次から次へと崩れていく。すみません、これも矛盾していますね。空っぽの空間なのに、なにかが崩壊するだなんて。けれど、そうとしか説明しようがない。そういうイメージなんです。崩壊がどんどんこちら側に迫ってきて、飲み込まれそうになるんですけど、いつまでたっても飲み込まれることはない。崩壊が迫ってくる、という状態が延々と続くんです。もう、本当に、絶え間なく。それがずっと続く。目が覚めるまで。いったいこれはなんなんでしょう? まったく、頭がどうかしてしまいそうですよ。あるいは、もうすでにおかしくなっているせいなんでしょうかね。とにかく、先生、なんとかしてください! もう耐えられない。この悪夢から逃れるすべはないのですか? 」
「それは、宇宙の夢ですよ」
「……なんですって? 宇宙の夢?」
「はい。宇宙の見る夢です。宇宙の見ている夢があなたの意識の中に流れ込んできて、そのせいであなたは奇妙な夢を見ている。……と、いきなりいってもなんのことだか解らないでしょうから、順を追って説明しましょう。いいですか、まず、我々は夢を見ます。眠れば大抵の場合、なにかしら夢を見ますよね。あるいは、こうであったらいいのになあ、こうなりたいなあ、というような願望や希望の類もここでいう夢に含まれます。ですから我々はほとんど四六時中夢を見ているといっても過言ではありませんね。ではいったい、なぜ我々は夢を見るのか? 答は簡単です。宇宙がそれを欲しているからです。夢は宇宙の栄養源なのです。突拍子もない話だとお思いですか? ですがこれは決して与汰話ではありません。身近な例をひとつ挙げましょう。たとえば、私は昨晩見た夢の内容を思い出せません。なにかしらの夢を見たはずなのですが、しかしその内容は思い出せない。私だけでなくほとんどすべての人がそうですよね。目が覚めた直後ははっきりと覚えているのにもかかわらず、顔を洗って歯を磨く頃には夢の記憶など忘却の彼方です。よほど印象に残った夢ならばしばらくの間は記憶にとどめているかもしれない。けれども、それだって時とともに風化していきます。願望や希望も同様です。時がたつにつれ徐々に薄らいでしまいます。なぜなら。宇宙が夢を飲み込んでしまうからですよ。我々が見る夢を宇宙は吸収し、胃袋に納めます。そののち夢は消化され、エネルギーに代えられます。宇宙はそうして得られるエネルギーによって膨張しているのです。もちろんここでいう胃袋というのはひとつの比喩ですよ。実際に宇宙が内蔵をもっているわけではありません。ちょうど我々が食物を取り込んでエネルギーに代えるのと同じように、宇宙もまた夢を取り込んでエネルギーに代えているのです。目に見えないところでね。そして、無数の夢が吸収され胃袋に納められた状態、これを研究者のあいだでは宇宙の見る夢と呼んでいます。つまりは我々の見る夢の集合体、それが宇宙の見る夢の正体です」
「はぁ……なるほど。あ、いや、なるほどというか、正直なところうまく理解できないのですが……とにかくあなたのいっていることの理屈はだいたい咀嚼できました。宇宙は我々の見る夢を取り込んでエネルギーに代えている、その過程で集められる無数の夢を指して宇宙の見る夢と呼ぶ、と。いささか信じがたい話ではありますが、ですが先生が仰るからにはきっとそうなのでしょう。そういうこととして了解します、が……それで一体、そのことと私の見る奇妙な夢とのあいだにどういった関係があるのでしょう?」
「はい。ここからが本題です。さきほど申し上げたとおり宇宙は我々の見る夢を飲み込んでいます。しかしですね、ごく稀にではありますが、宇宙の見る夢のほうが人間に向かって流れ込んでしまうことがあります。逆流ですね。あなたがまさにそのケースです」
「……逆流」
「はい。夢の逆流です」
「というと、つまり、私の見ているあの奇妙な夢はいわゆる宇宙の見ている夢だと。そういうことですか?」
「ええ、そう捉えてもらってかまいません。が、しかしまあ、あえて正確にいうならば、あなたの見ている夢は宇宙の夢を逆さまにしたものですね。といいますのは、まさに夢が逆流しているからですよ。たとえば、カセットテープに録音された音楽を逆再生した場合を想像してみてください。美しいはずのメロディも逆回しで聞くと意味不明な不協和音です。あなたの見ている夢にも同じことがいえます。逆流してきたものだから、意味不明で不快な悪夢になってしまうのです」
「はぁ、なるほど。それはわかりました。で、ではいったい、どうすれば通常の方向で再生できるのですか?」
「いいえ、その必要はありません。さきほども申し上げたとおり、本来ならば我々のほうから宇宙に向かって流れてゆくはずのものが、逆流してきているのです。ですから逆流そのものを止めてやるのが正しい対処法です」
「わかりました、わかりました。それで、逆流を止めるにはいったいどうすればよいのかを教えてください、お願いします」
「もちろんです。簡単な話です。夢を見ればよいのです」
「は……? ええと、あの、すみません、ですから」
「いえいえ、夢というのは、悪夢のほうではなくて夜中に眠っているときに見る夢のことですよ。あるいは、こうであったらいいのになあ、こうなりたいなあ、というような願望や希望の類も含まれます。あなた、さっき仰いましたよね、夜ぐっすり眠っているときには夢を見ないと。あるいはあなた、願望や希望もお持ちでないのではありませんか? それがいけない。いいですか、我々の見る夢を宇宙が取り込むというのは、一種の自然の摂理のようなものです。泉で水が湧き、川を通って海に流れ込むのと同じことです。我々の見た夢は必ず宇宙に向かって流れてゆきます。ですが、湧き水が枯れてしまったらどうなります? 海が枯れることはありませんが、泉はもはや泉ではなくなってしまいます。存在しないも同然。死です。あなたが夢を見ないから、逆流が起こるのですよ。水流にしろ電流にしろ、流れというものは必ず一方通行です。夢の流れもこの万物の法則に従っています。ですから、あなたが夢を見さえすれば、宇宙に夢を流しさえすれば、逆流することはないのです。では、なぜあなたが夢を見るのをやめてしまったのか。それはわたしにはわかりません。あるいは心理的なものに起因しているのかもしれませんが……残念ながらそれはわたしの専門外です。専門の機関にかかるのがよろしいでしょう。わたしから紹介することもできます。しかし、まあ、いずれにしろ目的ははっきりしましたね。夢を見ればよい。それだけです」
「なるほど……とはいえ、夢を見ろといわれましても、ねえ。べつに意識して夢を見ないようにしているわけでもありませんし……」
「ふむ。これは少々申し上げにくいことなのですが……しかし率直に申しましょう。そんなに悠長に構えている暇はありませんよ。さきほど泉が枯れることは死だと申しましたが、これはたんなる比喩ではなく、文字通りです。このままの状態が続けば、いずれあなた、死にますよ」
「なんですって!」
「ええ。なにしろ、大きな器から小さな器に向かって流れて込んでいるわけですからいつかは容量を超えてしまいます。水の場合はあふれてこぼれるだけですが、夢はちがいます。容量の限界を超えれば爆発します」
「ば、爆発!?」
「ええ。そうです。器というよりは、ゴム風船にたとえたほうが的確でしょうか。一定量を超えるとはじけ飛んでしまいます。といっても、もちろんあなたの体が突然どかんと爆発するわけではありませんよ。爆発するのは、心です」
「つまり……精神が崩壊してしまうということですか?」
「まあ、そのようなものですね。眠りの浅いときによく見るということですから、症状はまだ初期段階ですね。流れ込んできている宇宙の夢の量が少ない証拠です。これがぐっすり眠っているときにまで例の夢を見るようになると、非常に危ない。末期です。風船はもう爆発寸前。そうなる前に、なんとかしないと」
「……」
「ですから。あなたは一刻も早く夢を見る必要があります。夢を取り戻すのですよ。願望を抱きましょう。希望を描くのです。さあ、よく干したふかふかのベッドに横になって。素敵な夢を見ましょう!」

そこで目が覚めた。
妙にリアルな感触のする夢だった。
その内容を、ここに記しておく。
この夢が宇宙に飲み込まれてしまう前に。
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『ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー

もしも君が、本当にこの書評を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたかとか、チャチな幼少時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親はなにをやってたかとか、そういったデイビッド・コパフィールド式のくだらないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなこと語りたくないんだな。第一、そういったことは僕には退屈だし、第二に、僕の両親てのは、本について語ろうものなら、めいめいが二回くらいずつ脳溢血を起こしかねない人間なんだ。そんなことでは、すぐ頭にくるほうなんだな、特におやじのほうがさ。
それに、僕はなにも書評にかこつけて新潮だか文藝だかの受け売りを得意げにまくしたてていかに自分が文学に精通した博覧強記の希有な俊才であるかを喧伝しようだとか、そういうクリエーター的なインチキをやらかそうってわけじゃないんだ。むしろ僕はその手のトンマなうんこ野郎をみかけると、ああ、今すぐ空から隕石かなんかが降ってきてこいつの後ろどたまをかち割ってくれないかなあ、なんて思っちゃうタイプなんだよ、はっきりいって。もちろん、心の中でただそう思うだけでなにをするわけでもないし、思ったところで実際には降ってきやしないんだよ、まったくさ。それにさ、これは仮の話だけれど、万が一隕石が降ってきたとしても、頭を割られるのはトンマなうんこ君じゃなくて僕のほうなんだよな、どうせ。結局そういうふうになってる訳さ。
とにかく、僕が語ろうとしてるのは、つまり、J・Dのことなんだよ。J・Dってのは僕の兄貴ってわけだけどさ。奴さん、今はアメリカ東部のクソ田舎に隠遁しちゃってさ、もうなにやってるのかさっぱり謎なんだけど、この前ひさびさに名前を見かけたんだよ、新聞で。まったく驚いたね。なにしろ奴さんが裁判で勝利したって載ってるんだよ。裁判だぜ? あのJ・Dが。
でまあ、その記事を要約するとこういうわけさ。
なんでも『J・D・カリフォルニア』とかいう間抜けなペンネーム(つまり、J・Dの名前をもじったのさ。安易な奴だよ、まったく)のスウェーデン野郎がライ麦畑でつかまえての続編とか称した「60 Years Later: Coming Through the Rye」なる小説を出版しようとしたんだけどさ、この本が著作権侵害にあたるとかどうとかでJ・Dが怒っちゃってさ、で裁判になったわけ。それでまあ、よく知らないけど法廷でインチキな弁護士がお決まりのレトリック合戦でどうたらこうたら争ってさ、で、最終的に裁判官が、出版差し止めとする、あーむ、とかいった。
とまあ、そういうくだらない記事だったんだけどさ、とにかく僕はそれを読んで心底うんざりしちゃったわけだよ。なんでかって、もちろん裁判官だの弁護士だのそういう嘘くさい連中がうじゃうじゃ登場してるっていうのにもまったく吐き気がしてくるんだけど、僕がいいたいのはそうじゃなくて、つまり、J・Dのことさ。
その記事にJ・Dの短いコメントが載ってたんだけど、これがもう目も当てられないような下衆なやつでね。
「知的財産を被告に使わせるつもりはない」
まったく、うんざりしちゃうよな!
『財産』が聞いてあきれるよ。知的な財産なんてあるもんか。僕がなにより頭にくるのは、著作権だよ。あのいやったらしい法律さ。あんなもの作り出した奴なんてどうせ、本だのなんだのをお金に換算しようっていう低俗な銭ゲバ野郎に決まってるよ。おかげで箸にも棒にもかからない連中までもがあちこちで、これは俺のものであるだとか、あれはお前のものではないだとか、あほ臭い主張をやり合ってる始末さ。大体、なにかにつけて自分の権利をさも大層に持ち出すくそっ垂れってのは、たいていの場合、新潮だか文藝だかの受け売りを得意げにまくしたてていかに自分が文学に精通した博覧強記の希有な俊才であるかを喧伝したがるインチキなクリエーターみたいな野郎さ。まったく、やれやれだよな。
それでJ・Dなんだけどさ、僕がいいたいのは、まあ要するにこういうことさ。
つまりさ、結局のところ、J・Dはもうライ麦畑の崖から落っこちちゃったんだよ。
あるいは、四十何年だかの隠遁生活を送ってるうちにいつのまにか崖の下の人になっちゃったのさ。
「ライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに、捕まえてあげるような、そんな人間になりたい」が四十何年たって「知的財産を被告に使わせるつもりはない」だってさ、まったく。一丁上がりってわけだ。やれやれ、立派なもんだよ。おめでとう。
それでまあとにかくJ・ Dについてながながと君に語ってみたわけだけど、全部ひっくるめて、結局どう思ってるかってとこなんだけどさ、まあ実をいうと、自分でもわかんないんだよな。口に出したのを後悔してるんだ。僕にわかってることといえば、話に出てきた連中が今ここにいないのが寂しいということだけさ。たとえば、ストラドレーターやアックリーでさえ、そうなんだ。あのモーリスの奴でさえ、なつかしいような気がする。おかしなもんさ。誰にもなんにも語らないほうがいいぜ。語れば、話に出てきた連中が現に身近にいないのが、ものたりなくなってくるんだから。

『透明人間の納屋』島田荘司

僕たちは、時速百万キロで宇宙を突き進む太陽系のなかで、ぐるぐると回転しながら太陽を周回している小さくて巨大な惑星のうえに存在する、微小な点だ。
当たり前のことだけれども、宇宙があまりにも大きすぎるから、いつもそのことを忘れてしまっている。

『太陽系はね、時速百万キロというものすごいスピードで宇宙を突き進んでいるんだ』
『だからぼくらは今も、そんなものすごいスピードで飛んでいる大きな玉の上に乗っているんだ』
『でもぼくらの方が動いていたこと、これに気づくのはとても大事なことだったんだ。科学にとっても、人間にとってもね。だって、このことに人間が気づくまでに何千年もかかった。みんなずっと空の方が動いて、ぼくらが乗ったこの平らな地面の周りを回っていると考えていた』
『そう、天動説だ。でも真実は、迫害された地動説の方だった。これはとても大事なことだ。物事はね、見る角度を変えれば別の面が見えてくる。そしてみんながこっちは違うぞと言いそうなら、たいていそっちが真実なんだ。考え方を反対にすれば、ただ裏側ってだけじゃない、別の顔が見えてくるんだよ』
『それが一番大事なことなんだ。みんなと違う角度から物事を見ること、それもいろいろな方向から。ひとつだけじゃ駄目だ、それがとても大事なんだ。よく憶えておいてね』


作者がこの本を通じて僕たちに伝えたかったことは、冒頭の数ページ、この真鍋さんの話に集約されている。
そうだ。
真実とは、いつも、そういうものだ。
みんなが僕のことを指さして、『お前は間違っている』というのならば、大抵の場合、正しいのは僕の方だ。
僕はなにも間違ってなんかいやしない。
間違っているのは世界の方だ。
世界が悪い。
僕はいつも正しいんだ。

『62のソネット』谷川俊太郎

神を捨て、祈ることをやめ、宇宙を描けない高慢ちきな下衆が詩を読むことすらせずにただ知った風な口をきいて自己表現する、そんな時代にあって詩人の言葉はあまりにも紳士的だ。
詩は誰ひとり殺すこともできず、何ひとつ奪えず、ただただされるがままのうちに犯されてゆくだけだ。

2010.04.22_05:01
雨あがり
青空あおいで
愛しあう
アナタの一瞬
アタシの永遠


息吹いて 
祈りをこめた 
しゃぼん玉 
風に吹かれて 
どこかへ消えた 


散りやすき 
春の盛りの 
夢桜 
君の旅路に 
青空を願い 


海をみる 
君の瞳が 
溺れてる 
時の波間に 
こころ沈めて 


遠い街 
君のこころが 
永久と願い 
世界を抱いて 
今夜は眠ろう 

2010.04.22_05:00
僕は葛西臨海公園が好きで、その日も園内を散策していた。
日没前の散歩道はどこか寂寞の想いを誘うところがあって、思索や空想に耽るのにはちょうどいい。
かすかな潮風を感じながら薄明の空を眺めていると、虹色の球体が目の前を横切った。
しゃぼん玉だった。
風上のほうに視線を移すと、一組のカップルがしゃぼん玉を作っているのが見える。
まだあどけなさの残る少年と、同じくらいの年頃の少女。
少年は針金の輪っかを使って特大のしゃぼん玉を作り、少女はベンチに腰掛けて無数のしゃぼん玉を吹いている。
僕は勝手に想像する。
   彼らは革命分子だ。
自分たちの哲学やメッセージをしゃぼん玉に込めて、世界に発信している。
少年と少女の吹いたしゃぼん玉は、風にのって空を飛んでいく。
雨が降っても、嵐がきても、二人の頑強なしゃぼん玉は決して割れることはない。
長い長い旅を経て、どこかの誰かのもとへとたどり着く。
そうしてようやく、ぱちんと弾けて、彼らの想いを伝える。
どこかの誰かは、二人の想いをしっかりと受け取る  。
しゃぼん玉が僕の鼻先で弾けて、愚にもつかない空想は終了する。
少年と少女はあいかわらずしゃぼん玉を作り続けている。
太陽はもうほとんど沈みかけていて、世界はまもなく闇に包まれるだろう。
公園は日中の賑わいを失い、静まり返っている。
ふわふわと頼りなげに漂ってきたしゃぼん玉がひとつ、僕の前を通り過ぎる。
僕はその行き先を目で追いかける。
しゃぼん玉は風にのって舞い上がり、そのまま夕闇の空へと吸い込まれていった。


 息ふいて 祈りを込めた しゃぼん玉
 宇宙の果てまで 届いてほしい

2010.04.22_05:00
僕には人間の友人はいないけれど、自然の中にならたくさんの友達がいる。
たとえばつい先日は、一年ぶりの旧友と再会した。
「やあ久しぶり、秋さん」
僕は彼女のことを『秋さん』と呼んでいる。
声をかけると、秋さんは挨拶代わりに北風をびゅっと吹かせて、それから台風15号クンを紹介した。
秋さんは毎年九月の中頃になるとどこからともなくやってきて、たいていの場合、赤道付近で生まれた暴れん坊の台風クンを二、三人連れてくる。
彼女は概して、移ろいやすい性格だ。
気分屋といってもいい。
昨日まで太陽氏とイチャイチャしていたと思ったら、とつぜん雨さんや台風クンに乗り換えたりする、かと思えばまた太陽氏に戻ったり、といった具合だ。
しかし、彼女の一番のお気に入りは夜さんだ。
いつも午後四時すぎになると太陽氏を追い返してしまい、それから半日ほどのあいだ夜さんと過ごす。
彼女と夜さんとのあいだに流れる時間はとても濃密で、だから秋さんがやってくる時期は決まって夜が長くなるのだ。
そんな彼女ではあるけれど、単に気まぐれな女性というわけじゃない。
ときどき彼女は、もの憂げでセンチメンタルだったりする。
夕焼け空や虫の音、冷たい北風。
彼女がふとしたときにみせる表情や仕草は、僕をほんのすこし寂しげな気分にさせる。
それから、これはもっとも特筆すべき点なのだけれど、彼女はとびきりの美人で、とても魅力的な女性だ。
彼女を前にすると、山さんや森さんは照れてしまって真っ赤に染まる。
彼女は世界を赤面にさせる魔法のような魅力をそなえているのだ。
僕も、そんな秋さんのことが好きだ。
たとえば彼女のつくるご飯はとてもおいしい。
秋刀魚は脂がのってて最高だし、栗ご飯や筍ご飯なんかもいい。
まだ食べたことはないけれど、松茸料理も彼女の得意料理らしい。
柿や梨も甘くておいしい。
秋さんのつくる料理を食べると、僕はいつも元気になれる。
そんなとき僕は、彼女のことを、お母さんみたいだなと思う。
彼女と散歩をするのも好きだ。
並木道を歩くのが特に好きだ。
落ち葉をカサカサとふるわせたり、風をビュウと吹かせたり。
秋さんはいつも優しい声で話しかけてくれる。
そんなとき僕は、彼女のことを、お姉さんみたいだなと思う。
それから、僕が一番気に入っている彼女との過ごし方は、読書だ。
よく晴れた日は、秋空の下で寝転びながら。
雨の降る夜は、ベッドに潜り込んで。
僕が本を読んでいるとき、秋さんはいつもそっと僕に寄り添っていてくれる。
まるで、世界には僕と秋さんの二人だけしか存在しないみたいに。
そんなとき僕は、彼女のことを、恋人みたいだなと思う。
けれども、秋さんは僕の恋人ではない。
お母さんでもなければお姉さんでもない。
彼女とずっと一緒にいることは、できないのだ。
おそらく十一月の終わり頃にはまたどこかへいってしまうだろう。
だから僕は、それまでの短い日々を大切に過ごしたいと思う。
彼女といられる一瞬一瞬が、僕の心にちいさな幸せを芽生えさせてくれるから。
「僕は君のことが、好きだよ」
天高く澄みきった青い空に向かって、ささやきかけてみる。
すると彼女は照れくさそうにしながら北風をそっと吹かせて、僕の頬に優しいキスをくれた。

2010.04.22_05:00
昔、ジャングルに一頭の猿がいた。
度外れに強欲で、かつ傲慢な、しかし他のどの猿よりも頭の賢い猿だった。
猿は、大抵のことならなんでも知っていた。
効率よく食料を得るにはどこへ行けばよいか。
外敵から身を守るにはどうすればよいか。
好みの雌を手中に収める最良の方法はなにか。
それらすべてを、完璧に理解していた。
しかし猿は、群れの仲間たちを見下していたので、それらの知識を誰かに教えることは決してなかった。
そのため群れの仲間たちからは嫌われていた。
妬まれ、疎まれ、恨まれ、同時に畏れられてもいた。
あるとき猿は、群れの仲間たちにむかってこう言った。
「"心"とは一体なんだ? どんな形で、どんな大きさで、どんな色をしている?」
猿は、自分が史上最も優れた知能を持つ生物であることを自負していたが、しかしこの世のありとあらゆることを知り尽くしているわけではないこともまた、理解していた。
猿が最も愛する行為は、美味いものを食うことでもなければ、誰かを打ち負かすことでもなく、雌をはべらすことでもない。
それは、知的探求だった。
猿はすべてを知りたかった。
知識を得るためならばいかなる努力も惜しまなかったし、なににもまして貪欲だった。
「おい低能ども! 俺は"心"がなんであるかをまだ知らない! 万が一、お前らの中に"心"がどんなものか知っているものがいたなら、俺に教えてみろ! それができたなら代わりに俺の知っていることを教えてやるぞ!」
しかし、答える者はいなかった。
皆、互いに顔を見合わせるか、途方に暮れているばかりで、到底答えられそうにはなかった。
「クソッ、知能薄弱の屑どもが! お前らと同じ種族だと思うと虫酸が走るわ! じゃあ、お前はどうだ! お前は知っているか! "心"とはなんだ!」
猿は木の枝にとまっている小鳥を指差した。
「もし知っているなら今すぐ教えろ!」
しかし、小鳥は木の実をついばむのに夢中で、猿の言葉は耳に入っていないようだった。
「クソッ、下等生物が! じゃあ、お前らはどうだ!」
猿は、ジャングルの隅々まで響き渡らんばかりの声で叫んだ。
「俺は物心ついたころからずっと"心"とは一体なんであるかについて考えてきたが、未だに答えがでない! お前らはもう何千年も生きているのだろう! "心"とはなにか知っているんじゃないか! おい、教えてみせろ!」
しかし、答えはなかった。
ジャングルの木たちは、ただ無言で猿を見下ろしているだけだった。
「クソッ、木偶の坊め! お前らはいつもその調子だな!クソ、クソ、クソ、どいつもこいつも低能なクソばかりだ! この世界には"心"がなんであるかを知っている奴はいないのか! 俺は"心"がなんであるか知りたい!知りたい、知りたい、知りたい、知りたいぞ!」
そのとき、鬱蒼と茂るジャングルに、一筋の光が差し込んだ。
「いいだろう、私が教えて差し上げよう」
猿は頭上を見渡した。
ジャングルの木々よりも遥か高いところから声がした。
「何者だ! どこから喋っている!どんな形で、どんな大きさで、どんな色をしている? 姿を見せろ! 氏素性を明かせ!」
頭上の声の主が言った。
「私は世界を照らす存在。あなた方の頭上、遥か彼方から話かけている。丸くて、巨大な、すべての色の源。名前はまだない」
「わかった、わかったぞ! 俺はわかったぞ! いつかお前を、木々の合間から見上げたことがある! あのまぶしい奴だ!」
「いかにも。私は大昔から世界に光を注いでいる。あなたはジャングルにいるのであまり私の存在を気にかけていなかったようだ」
「お前か! お前が喋っているのか! よし、俺が名前を与えてやろう! お前は、『太陽』だ! 丸くて、でかくて、まぶしいから、お前は太陽だ! おい、太陽よ! 教えてみせろ! "心"とは一体なんだ? どんな形で、どんな大きさで、どんな色をしている?」
「名前をくれてありがとう。代わりに"心"とはなにかを教えて差し上げよう」
「よし! 言ってみろ!」
「"心"は、目に見えないところにある」
「ふざけるな! 目に見えないところとはどこだ? 目に見えなかったら、どんな形で、どんな大きさで、どんな色をしているのかわからないではないか!」
「そう。どんな形で、どんな大きさで、どんな色をしていのか、目で確認することはできない」
「ペテン師め! 詭弁を弄する気か!」
「いいや。本当のことさ。目には見えない。しかし、感じることはできる。感じて、想像するのさ」
「なんだと! もっとわかりやすく説明しろ!」
「そう、例えば。足下を見てごらん。そこに陽だまりがあるだろう。その陽だまりに、手を置いてみたらどうだろう?」
「陽だまりだと?」
猿は足下を見下ろした。
木々の間から差し込んだ光が、陽だまりをつくっていた。
猿は陽だまりに、手を差し伸べてみた。
「おお! ぬくいぞ! なんだかぬくいぞ!」
「そうさ。それが心の温かさだよ」
「わかった! わかったぞ!」
猿は歓喜した。
「俺は知ったぞ!わかった、わかった、わかった、ついにわかったぞ! そしてそれだけじゃない! 俺は新しいことを知ったぞ! 新しいことも! 感じて、想像するということだ! おい、太陽! 太陽よ、もっと教えろ! もっと新しいことを、俺に教えてみせろ!」
猿の手から、暖かさがすっとひき、陽だまりが消えた。
太陽に雲がかかり、ジャングルは再び鬱蒼とした気配に包まれた。
「おい、待て! もっと陽だまりを感じさせろ!」
猿は叫んだ。
「おい、太陽! 返事をしろ!」
しかし返事はなかった。
猿は、ジャングルで最も背の高い木を目指して駆け出した。
枝から枝へと飛び移り、あっという間にてっぺんへと登った。
木のてっぺんに立ち、空を仰ぐと、猿はもう一度叫んだ。
「おい、太陽! 返事をしろ! もう一度姿を見せろ!」
空の大部分は分厚い雲に覆われていて、太陽が再び姿を現すことは、当分なさそうだった。
「クソッ! 俺はもっとお前と話がしたい! 話がしたいぞ! 知りたいことがまだまだある! 知りたい、知りたい、知りたい、知りたいぞ! クソッ! しかしな、太陽よ! いいか太陽よ、よく聞け! 俺はまた新しいことを知ったぞ! おい、太陽よ、聞こえているか? 俺はまた新しいことを知った! まさに今、知った! お前が教えてくれたんだ! お前はもう一つ、新しい知識を俺に与えた!」
猿は、周囲を見渡した。
ジャングルで最も背の高い木のてっぺんから、世界が見えた。
鬱蒼と茂るジャングルが広がり、その外側には大地が広がっていた。
地平線の遥か彼方まで続いている、広大な大地だった。
「世界は広い! こんなにも広いぞ! こんなにも広いんだ! 俺はすべてのことを知りたいし、いつも光を浴びていたい! いいか、太陽よ! 俺は決めたぞ! 俺は世界のすべてを見てやる! そして世界のすべてを感じてやる!」
猿は木から降りると、ジャングルの外側を目指して駆け出した。
木から木へと飛び移ることはしなかった。
「大地だ! 俺は大地で生きるぞ!」
猿は四本の手足で地面を蹴り、ジャングルを全力で駆け抜けた。
「俺はすべてが知りたい。すべてを感じたい。世界のすべてを、俺によこせ!」
そうして猿は、ジャングルを抜け出し、広大なアフリカの大地に脚を踏み出したのだった。
  それが、われわれの歴史の、最初の一歩だった。
   -てらっち聖書・第一章『われわれの始まり』より-

2010.04.22_05:00
自然の前にあっては、自分が誰であるかなんて関係ない。
偉くなりたい、とか。
一番になりたい、とか。
天才と呼ばれたい、とか。
人より優れていたい、とか。
皆を感服させたいとか、とか。
誰にも真似できない、すごいモノが撮りたい、とか。
そういう、野心や雑念を、ぜんぶ取っ払って、心をからっぽにしてみる。
願わず、望まず、欲さない。
何者にもとらわれず、あらゆる物から解放されて。
そうすると、見えてくる。
ありのままの自然と生き物たちの確かな感触。
   今ここに、世界が存在している。
ただそれだけのことに感動できたとき、静かにシャッターを切る。
本当にいい写真が撮れたと思うのは、そんなときだ。


僕が動物の絵を描くのは、それが生命の象徴だからだ。
いや、動物はまさしく生命そのものなのだから『象徴』と呼ぶのはおかしな話ではあるが、しかしそれでもやはり生き物たち(人間を除く)の仕草や行動  たとえばせわしなく動く瞳、かろやかな足の運び、風にそよぐ体毛、個性的な鳴き声、さらにいうなら体温や脈動も  それらすべての一挙手一投足が、僕の胸に『生命』の二文字を喚起する。
だからそれはもう、象徴と呼ぶほかない。

生命のたしかな感触を得ることができたときの喜びは、なにものにもかえがたい。
けれども、その感動はいつだって刹那的だ。
風のように僕のこころを一瞬だけふるわせて、あっというまに吹きぬけてしまう。
振り返ってもそこにはもう風はないし、つかまえることもできない。
そして感動は時がたつにつれて風化してゆく。
だから。
形のないものを、キャンバスのなかに閉じ込める。
通り過ぎてしまうものを、永遠にする。
   絵を描くことは、風をつかまえることだ。


君は魂を持ったひとりの人間であり、型にはめられたキャラクターなんかじゃない。
君の人生はどんなときだってまぎれもない現実だから、出来合いの物語はいらない。
目と耳だけのヴァーチャルになんて惑わされない。
人はいつだって五感ぜんぶで世界を感じることができる。
君も僕も彼も彼女も、まちがいなく”ここ”に存在しているのだから。
僕たちのリアリズムを取り戻そう。
甘美な空想世界に、魂が溺れてしまう前に。


それぞれ違った個性を持っていて、どれもみんな美しい。
花は争うこともせず、いつも凛としている。
そうさ、ナンバー・ワンになんてならなくていい!
……だからって、自分がもともと特別なオンリー・ワンだなんて、自惚れもいいところだ。
霊長類万歳主義の勘違い。
もしこの世界に、特別で唯一なものがあるとすれば、それは宇宙だけだ。
宇宙の大きさには誰も敵わない。
宇宙の永さには誰もついていけない。
宇宙の力には誰も太刀打ちできない。
宇宙を捉まえることなんて誰にもできやしない。
すべての生命は宇宙の内包物。
僕たちは等しく、公平に、ちっぽけだ。
思い上がるのもいい加減にしろ。


平日だというのに昼間から渋谷をブラブラ。
暇をもてあましてはミニシアターへ入り浸り、観たくもない映画を観たりしている。
デキレースみたいな物語、おちゃらけた主人公。
僕は批評家気どりで斜に構え、悪態をつく。
だったら観なければいいじゃないか?
いや違う、僕はこの空間が好きなんだ、観客たちの微かな熱気と、感情を共有する二時間、これが僕は好きなんだ、なんて自分にいい聞かせながらエンドクレジットを眺めている。
そんな自分にクソ喰らえ。
映画館から出ると、太陽がカッと照りつけ、僕はめまいがしそうになる。
太陽はいつも眩しすぎる。
それからスタバに行って窓際の席に座り、甘ったるいコーヒーを啜りながらぼんやりと街を眺める。
軽薄な若者。
うわついた女子高生。
気どった学生風。
スクランブル交差点にはろくな連中がいやしない。
やがて日が暮れて、ようやく僕は席を立つ。
そして帰途に着く。
帰宅ラッシュの満員電車に揺られながら、ふと思う。
今日もまた、誰とも会話しなかったな、と。
  そんな、怠惰で、漫然とした、ろくでもない日々を、過ごしている。
無気力な大学生だったあの頃と、なにひとつ変わっちゃいない。
くだらない生活から抜け出したくて、大学を辞め、バイトも辞め、新しい場所へ引越もしたけれど、結局もとの木阿弥。
思想ばかりが立派になっても、そんなもの頭の中だけのことで、実際の僕は低能な穀潰しだ。
なにも生産していないし、社会にも貢献していない、たぶんこれからもできない。
所詮、人間なんてそう簡単に変わりゃしない。
人生にリセットボタンはない。
けれども、コントローラーぶん投げて電源を引っこ抜くことは、できる。
ネット対戦で負けそうになると回線切ってトンズラする奴。
そんな人間にみんなでなろう!

2010.04.22_05:00
よく晴れた十月の昼下がりは散策をするのにちょうど良い。
僕は一眼レフカメラを首からぶらさげて、荒川へとでかけた。
けれども、この時期の河川敷は花も咲いておらず、芝も枯れてくすんだ色をしていて、写真を撮るには些か不向きなようだった。
あたりを見渡しても、川の水はドブのように濁り、橋の上ではディーゼル車が黒煙をまき散らしているばかりだ。
高架下ではホームレスがテントを張って景観を壊しているし、土手にはうち捨てられた冷蔵庫や自転車が転がっていて正視に耐えない。
「やれやれ、東京ってのはなんて汚い街なんだろうね! アジア人ほど景観に無頓着な人種はいないんだよ、まったく! これはぜんぶ石原慎太郎のせいだな! どいつもこいつも僕の芸術的創作活動を邪魔しやがって!」
僕は思わず声にだして叫んでしまった。
すると、土手で犬を散歩させていた老人がぎょっとしてこちらを振り返った。
見てんじゃねえぞジジィ、痴呆のくせしやがって!
さすがにこれは口にはださず、ギロリと睨みかえすだけにとどめてその場を立ち去った。
「やれやれ、ツイてないね。写真には不向きな日なんだな、きっと。今日はもうあきらめて帰ろう。家でポエムでも創ろうかな、やれやれ」
そう思い、駅へ向かうため土手の階段をのぼっている、そのときだった。
シャーーーーッ! バッチコーイ! かぁっとばぁすぇ~~~! ナァーイスバッティーン!
といった奇声が、遠くから聞こえてきた。
振り返り目をこらすと、河川敷のグラウンドで狂人たちがベースボールをやっていた。
その瞬間、僕の脳内に霊感のようなものが駆け巡った。
これだ!
僕はグラウンドへ走った。
『河川敷のグラウンド、狂人たちのベースボール』。
ここには某かの芸術的テーゼらしき何かが隠されている感じがしなくもないじゃないか。
シャーーーーッ! バッチコーイ! かぁっとばぁすぇ~~~! ナァーイスバッティーン!
狂人たちの奇声がおおきくなる。
息をきらせながらグラウンドにつくと僕はすぐさまカメラのモードをフルオートに設定し、こころのおもむくままに、カメラをむける。
バットを構える狂人。
股下でサインを送る狂人。
マウンドで振りかぶる狂人。
バントヒットを狙う狂人。
白球を追いかける狂人。
ベンチから声援を送る狂人。
狂人、狂人、狂人。
連写モードでシャッターきる。
パシャシャ。
パシャシャ。
パシャシャシャシャ。
僕は夢中でシャッターをきる。
パシャシャ。
パシャシャ。
パシャシャシャシャ。
シャーターが音楽的リズムを奏でていく。
インスピレーションが稲妻のようにほとばしり、イマジネーションは無限にふくらんでいく。
「いいぞ、いいぞ! 狂人ども、もっとやれ!」
しかし狂人たちは突如ゲームを中断してしまった。
マウンド上にいた狂人がひとり、肩をいからせながらこちらにやってくる。
つり目であごの尖った、いかにも狂人といった風の男だった。
僕を睨みつけながら、狂人が口を開いた。
「ねえ、あんた、なにやってるわけ」
どうやら狂人には、僕が行っている芸術的創作活動が理解できないようだ。
「ねえ、あんた、なにやってるわけ。さっきから。撮ってんの?」
撮っていないとしたら一体なにをしているというのだろう。
頭の悪い質問に僕は驚かされる。
それ以前に、狂人の粗野な言葉づかいにも驚かされる。
「誰の許可があって撮ってんだよ。なんとかいえよ、オイ、誰の許可があって撮ってんだって聞いてんだよ、コラ、なめてんの?」
狂人をまともに相手にしていたら身が持たない。
僕はやれやれ、といった感じで無視を決めこんだ。
すると狂人は僕の肩を小突き、
「お前さ、肖像権って知ってる? 人様を勝手に撮っちゃいけないわけ。プライバシーってもんがあんだろ、誰にだって。法律で決められているわけ。な、わかる?」
などと肖像権についてとくとくと説明しだした。
それを見て、僕の脳内にまたインスピレーションの稲妻がビリリと走った。
僕は狂人にカメラをむけてパシャシャと連写した。
『肖像権について語る狂人』。
実にシュール。
しかし、それが狂人に火をつけてしまったようだ。
狂人は突如として野獣のような奇声をあげて、僕に襲いかかってきた。
僕はすばやく身を引き、それをかわす。
しかし狂人の運動能力は僕のそれを上回っていたようで、まさしく動物的な身のこなしで僕の服の裾を掴むと、そのまま力任せに組み伏そうとしてくる。
すると、他の狂人たちが一斉に突進してきて、僕と僕を襲おうとした狂人とを引きはがし、羽交い締めにして取り押さえた。
僕は両脇を狂人に押さえられる格好となった。
一方、僕を襲おうとした狂人もまた両脇を押さえられ、まあまあ冷静になろうよ、キャプテンなんだからさ、暴力はまずいよ、などと別の狂人になだめられていた。
僕を襲おうとした狂人は、どうやら狂人たちのキャプテンらしかった。
それにしても狂人どもはつくづく低能だ。
僕を襲おうとした狂人を取り押さえたのはいいとしても、なぜなにもしていない僕までも取り押さえる必要があるのだろうか。
暴力などという野蛮な行為を僕がするはずないというのに。
しかしそうはいうものの、この状況はあまりにも分が悪い。
狂人とはいえ相手は二十人以上だし、僕はすでに身動きがとれない体勢になってしまっている。
取っ組み合いになったら、こちらにはなす術はないだろう。
さすがにこのままなにもしないでいるわけにもいくまい。
僕は狂人たちにに対して、反撃にでることにした。
「お前ら一丁前にベースボールなんかやりやがってイチローにでもなったつもりか! 素人ごときがメジャーリーガー気取ってんじゃねえよ、インチキ野郎ども! お前らホントはベースボールがやりたいんじゃなくてイチローみたいな格好いいプレーしてキャーキャーいわれたいだけのくせしやがって! ベースボール始めたのも情熱大陸かなんかにイチローがでてるのみて感化されたクチだろ、クソ喰らえ! そのくせ、自分たちはベースボールを愛してます、みたいな顔しやがって、ちゃんちゃらおかしいぜ! この似非アスリートどもめ!」
僕の啖呵に何人かの狂人は気圧されたようだったが、しかし一人がすぐさま 口を開いた。
「なにいってんの、こいつ。頭おかしいんじゃね?」
まったく、この発言にはおもわず吹き出してしまった。
「頭おかしいだって! 僕の頭がおかしいだって! おいおいおいおい、勘弁してくれよ! まったく笑っちゃうよなあ、このクソ野郎! 正真正銘のキチガイ、頭のトチ狂った狂人さんが他人を指して『頭おかしいんじゃね?』だってよ! 滑稽すぎるな、一種のコメディだぜ、こりゃ! なあ、一体頭狂ってんのはどっちだい? 答えるまでもないよな、やれやれ、このイカレポンチどもが! 頭の狂ったキチガイ野郎! この狂人狂人狂人!」
すると、僕を襲おうとしたキャプテンの狂人がせせら嗤った。
「おい、たしかに今ここに一人だけ頭のトチ狂ったキチガイ野郎がいるな」
それを聞いて、他の狂人たちも口々に、いるいる、キチガイが一人いるわー、などと一斉にはやしたてだした。
まったく、これには笑うしかない。
「やれやれ、『一人だけ』ときたか! そうきますか、まったく! お前ら狂人どもを相手にするのは本当に疲れるよ。いいか、教えてやろう。頭のトチ狂ったキチガイ野郎ってのはな、たいていの場合、自分が狂人だってことに気がついてないんだよな!」
最後の言葉は、なにかのアフォリズムのようだったので、僕はもう一度くり返してやった。
「狂人は、自分が狂人であると知らない!」
この言葉には、さすがの狂人たちも閉口したようだった。
連中は互いに顔を見あわせたり、呆れたそぶりをしたりし、
「もういいわ、こんなん相手にしてもしょうがないわ」
などと負け惜しみをいうのが精一杯のようだった。
中には肩をすくめるジェスチャーをする者もいた。
すかさず僕は、そいつを指差していった。
「見たか! こいつ今、肩をすくめやがったぞ! ほら見たことか、これが証拠だよ! 日本人のくせして肩なんかすくめやがって、お前らやっぱりメジャーリーガー気取ってやがるんだ、ちくしょう! 外国のお洒落っぽいことならなんでもやっちゃうんだよな、お前らは、クソッ、反吐がでるぜ、この俗物どもが!」
しかし連中は聞く耳を持たず、僕に向かってシッシッと犬でも払うように手を振り、行こうぜ、相手にすんな、続きやろうぜ、などと口々に言いあいながら退散していった。
「おもい知ったか、狂人ども!」
僕は高らかに勝利を宣言した。
それから狂人たちは、なにごともなかったかのようにまた、
「シャーーーーッ! バッチコーイ! かぁっとばぁすぇ~~~! ナァーイスバッティーン!」
などと奇声をあげながらゲームを再開したので、僕もなにごともなかったかのようにまた撮影を再会した。
カメラのモードをフルオートに設定し、
こころのおもむくままに、カメラをむける。
バットを構える狂人。
股下でサインを送る狂人。
マウンドで振りかぶる狂人。
バントヒットを狙う狂人。
白球を追いかける狂人。
ベンチから声援を送る狂人。
狂人、狂人、狂人。
連写モードでシャッターきる。
パシャシャ。
パシャシャ。
パシャシャシャシャ。
僕は夢中でシャッターをきる。
パシャシャ。
パシャシャ。
パシャシャシャシャ。
シャーターが音楽的リズムを奏でていく。
インスピレーションが稲妻のようにほとばしり、イマジネーションは無限にふくらんでいく。
「いいぞ、いいぞ! 狂人ども、もっとやれ!」
やがて陽が暮れはじめてきて、狂人たちのベースボールは終了した。
狂人たちは最後に整列して、
「あっざぁーしたー!」
などとまたわけのわからない嬌声をあげていた。
「やれやれ、ろくでもないベースボール観戦だったな! まったく、疲れたよ。芸術的創作活動ってのはかくも大変なものなんだね!」
僕は西に傾いた太陽に向かって叫んだ。
どっと疲れがこみあげた。
写真撮影というのは、ベースボールの比ではないほど体力を消耗するのだ。
僕は土手に腰をおろし、しばらく休むことにした。
沈みゆく秋の夕日が、枯れて色あせた河川敷を赤く染めあげていた。
すると、例の狂人のキャプテンがこちらにむかって歩いてきた。
さきほどのような肩をいからせた感じではなく、ゆったりとした足取りだった。
僕も身構えるようなことはせず、おい君、なにか用かね、といった感じで鷹揚に出迎えてみせる。
しかし狂人のキャプテンは、僕の前まで歩み寄ると、突如として動物的な俊敏さで僕から一眼レフカメラをひったくった。
これには驚かされた。
が、僕は動揺を表にださないよう努めて、余裕たっぷりにいった。
「おい君、なにをするんだね。返したまえ」
しかし狂人のキャプテンは僕を無視して、河原のほうへくるりと向きなおると、一眼レフカメラをおもいきりぶん投げた。
狂人の肩は強靭だった。
ぶん投げられた一眼レフカメラは夕暮れの空にきれいな放物線を描いて、反対岸の河川敷まで飛んでいった。
枯れた草むらのあたりに落ちて、カシャン、と乾いた音を響かせた。
狂人のキャプテンは、
「なんだよ、川に落とそうとおもったのに」
といって嗤った。
僕も、
「あーあ、新しいカメラかわなくちゃ」
といって笑った。

『蝉野郎』

僕を見て 僕を見て
みんみんみんみん

僕を見て 僕を見て
みんみんみんみん

僕を見て 僕を見て
みんみんみんみん

僕を見て 僕を見て
みんみんみんみん

うっとうしい、蝉みたいな君



『銀幕を焼き捨てよ、街へ出よう』

遠く離れた空の下 名前も知らない君と僕
夕焼け雲を眺めては 途方に暮れてた十七歳

大空みたいに果てしない 未来に押し潰されそうで
いつかは雲を掴めると 信じたくてもできなくて

不安に揺れる僕たちの 心と心の周波数
奇跡みたいに引き合って 想いを送った未来が届いた

ありきたりな言葉だけれど 胸に刻んで忘れない
二人を繋ぐ合い言葉 『大志を抱け』って叫ぶんだ

そんな、気休めみたいな物語



あの頃俺は走ってた 誰もが通った黄金道
怒れる無法の反逆者 触れるもの皆傷つけた

あの頃俺は走ってた いつか行く道いつか来た道
野良犬みたいなヒッピーで 自由の匂いを嗅ぎ回り

あの頃俺は走ってた もう戻れない一本道
スイカみたいに青臭く チェリーみたいにちっぽけな

あの頃俺は走ってた 青春時代の通過儀礼
世間の波に飲み込まれ 今では立派な社会人

そんな、気休めみたいな物語



なんてことない春の日に なんてことなく巡り会い
なんてことない私たち なんてことなく好き合った

なんてことない夏の日に なんてことない木の下で
なんてことない私たち なんて素敵な赤い糸

遠い記憶のいつの日か 二人で植えた苗木の下で
遠い未来に思いを馳せて 二人で描いた夏ツバキ

あなたは白馬の王子様 ガラスの靴は夏ツバキ
私は夢のシンデレラ これを運命って言うんだね

そんな、気休めみたいな嘘っぱち 



生まれた時から出来そこない 親父の精子の残りカス
なにをやっても落ちこぼれ 常にビリケツみそっカス

馬鹿にされても構わない それでもオレには夢がある
馬鹿なオレにもたった一つ 誰にも負けないものがある

学歴資格高収入 そんな物には興味ねえ
才学非凡有智高才 そんな者には成りたくねえ

己が身一つで故郷をおん出て 転がり込んだは六畳二間
映画博徒の看板背負って 歩いてみせますシネマの天地

そんな、気休めみたいなクソ映画

『ピクニック』

穏やかな日曜の午後
傾きかけた陽を浴びて 背中が暖かい
僕と 僕の愛する人 芝生のうえでおしゃべり 
手作りのサンドイッチ おいしいチーズとワイン
柔らかな風が 二人のあいだを抜けていく
遠くから 僕たちを呼ぶ声
はしゃいだ子供たちが駆けてきて 笑顔の花を咲かせる
とろけるような時間 永遠に似た一瞬
そんな日が 人生に一度くらい あってもいい

なんて、愚にもつかない想像を抱きながら、満員電車に揺られる月曜の朝
今日も残業かな



『自転車』

なんの変哲もない17の夏
「模擬試験」
「偏差値70」
「志望校判定A」
「満開の桜のその先は?」
「なにも」
「あとは散るだけ」
窓から赤本を投げ捨てる
ついでに自分も、息苦しい部屋から抜け出してみる
むせ返るような熱帯夜、午前4時
街は半分眠って、半分起きている

僕は自転車を漕ぐ
艶かしいネオンの光を浴びながら
ビル街の谷間をすり抜ける
遠くでクラクションが鳴っている
埃っぽい風が頬を撫でる
東の空がうっすらと白みはじめた

なんの変哲もない9月1日が始まろうとしている
「夜明けの東京」
「環状線の高架下」
「自転車を漕ぐ」
「この道の先になにがあるだろう?」
「なにも」
「国道が続くだけ」
あのビルの向こうから朝日が昇っても、何も変わりはしないだろう
人々が目覚め、街が動きだし、僕は相変わらず自転車を漕ぐ
ただ、それだけ



『僕たちの二重らせん』

クロヅルがエベレストの頂を越える
チーターがサバンナを駆け抜ける
ヒグマが雪山の奥で静かに眠る
カッコウがモズの巣に卵を産む
サケがふるさとの川を遡上する
ヒトが言葉を紡ぐ
詩を書く
歌を詠む
物語を綴る
僕も探している
魂を現すための言葉を



『宇宙』

君が人生のどん底で頭を抱えているとき、彼は未来を夢見て上り列車の切符を買い、彼がなにもかも失って首を括ろうとしているとき、彼女は真っ白な病室で新しい命の産声を聞き、彼女が明日のパンのために体を売っているとき、少年は青草の茂る草原を裸足で駆け回り、少年が空き巣を働くために街を物色しているとき、少女は金色の夕日を浴びながら恋人と口づけし、少女が密航船の真っ暗な船底で神に祈りを捧げているとき、ある人は高層ビルの展望台から夜の街を見下ろし、ある人が法廷で不正取引の罪に問われているとき、誰かは母の胸に抱かれて幼い頃の夢を見て、誰かが腹に爆弾を巻き付けてバスに揺られているとき、僕はぐるぐると廻り続ける僕たちの宇宙について考え、僕が暗く湿った四畳半で詩を綴っている今このとき、君はなにを思っているだろう



『そういうものに てらっちは なりたい』

働けば 働くほど 
我が暮らし 楽になる一方で
諭吉を握った手を じっと見る 

雨の日には マイカーで出勤し
風の日にも マイカーで出勤し
雪でも 猛暑でも マイカーで出勤し
小金持ちブルジョワな僕は
あこがれの宮沢賢治に いつ なれますか?



『際限なくお洒落化する我々についてのポエム』

街には今日も、着飾った野良犬がやってくる
お洒落の臭いを嗅ぎ徊るために
新宿、渋谷、池袋
原宿、下北、代官山
麻布、青山、六本木
白金、汐留、丸の内
……ますます覆い隠されてゆく

街には今日も、着飾った野良犬がやってくる
お洒落を誇示して吠え立てる
グッチ、ブルガリ、ロレックス
ヴィトン、フェラガモ、ロールス・ロイス
ポルシェ、レイバン、アルマーニ
オメガ、カルティエ、ダイナース
……ますます覆い隠されてゆく

我々の奥底を流れる赤い血が、覆い隠されてゆく



『エコノミック・ビースト』

戦争 テロ 災害
親しい人の死 あるいは英雄の死
愛 恋 失恋
愛する人との出会い あるいは別れ
人生の輝かしい一瞬 
彼の絶望 苦難 挫折
彼女の祈り 願い 想い
僕たちの 喜び 悲しみ
ありとあらゆるものを金に換えてくれる 愛すべき映画 偉大なる資本主義



『C'est vraiment dégueulasse』

たとえば、自然は 僕に活力を与えてくれる
太陽と大地と空気が 生命を育む 
たとえば、一切れのパンは 僕のお腹を満たしてくれる
誰かが焼くパンが 僕のエネルギーになる
たとえば、君の書く詩は 僕の心にあかりをともしてくれる
暗闇にゆらめく一点の道標 あるいは冷めた肌を暖めるぬくもり
たとえば、連中が創っているチャラッポコは なんのためになるだろう
手前の野心を満たすのがせいぜいだろがクソっ垂れ!



『メッセージ』

相変わらず 今日も雨 
ひどく憂鬱   
生きる目的 なにもなく 
ひどく退屈   
思い通りに 行かない現実 
ひどく幻滅   
孤独な夜に 君から着信 
こころ回復



『もう、喰べないで』

もぐもぐもぐもぐ もぐもぐもぐ
今日も思想を 喰べられちゃった
もぐもぐもぐもぐ もぐもぐもぐ
今日も希望を 喰べられちゃった
もぐもぐもぐもぐ もぐもぐもぐ
今日も祈りを 喰べられちゃった
もぐもぐもぐもぐ もぐもぐもぐ
今日も願いを 喰べられちゃった
僕の

もう
骨だけ



『写真』

君の 切り取った世界は 僕の宝
僕たちが そこにいたことの 証だから
君が 刻んだ一瞬は 僕の思い出
僕たちの アルバム 風化しないで

『日本一周旅行』

届けたい
君の知らない世界
見たことのない景色
感じたことのないどきどき、わくわく

決まりきったウィークデイ 身体を休めるだけのウィークエンド
相変わらずの毎日を 相変わらず過ごしてる

見つけたい
ありのままの気持ち
誰の真似でもない言葉
退屈をふきとばす起爆剤、ビッグバン

見通しのわるい曲がり角 見据えることのできない未来
あてのない道程と あてのない人生

カメラ胸にぶらさげて
かすかな夢にぶらさがって
それでも 僕は 走り出したんだ
新しい明日へ



『他愛もない散歩』

灰色の荒野をつらぬく長い長い一本道   

太陽が零した光のかけら、集めながら
僕と君、歩いてく   

追い風が背中を押すなら、スキップで
向かい風がゆく手を阻むなら、口笛ふいて   

僕はときどき目眩がしそうになるけど
君はいつだって羊雲さがしてる   

地平線のむこうへ行けたとしても
空を仰いだときのわくわく、忘れないで   

世界がどんなに加速したって
二人の歩みはマイペース   

光のかけら、首飾りにして君に贈るよ
この、他愛もない旅路の果てに



『帰り道』

君とならんで自転車をこいだのは、十月のいつだったっけ   
風になびくロングヘアーが傾きかけた陽をあびて金色に輝いていた   
生まれかわったらなにになりたい? 
なんて子どもじみた話題を熱っぽく語ってみたり   
かと思えば担任の口ぐせ真似しあっては馬鹿みたいに笑ったり   
僕たちのおしゃべりは空だって飛べるくらい自由で、宇宙みたいに無限だった   
けれども通いなれた道程はあまりにも短くて   
坂道をくだる自転車は思いのほか速かった   
沈んでいく秋の陽に追い立てられるように僕たちは加速し   
ふたりのあいだすりぬける夕風が時間を吹き飛ばしていった   
じゃあ、また   
って別れ際にいった君のかすれ声と、ちいさく手をあげたときの横顔が   
いまでも僕の頭のまんなかに影法師を残している   
あれから気が遠くなるほどの月日がたって   
ひたすらに自転車を走らせてきたけれど   
僕は未だにあの日の帰り道にはたどり着けずにいる
記憶の中でしか走ることのできない、十月のいつかの帰り道



『待ち合わせ』

ビルの谷間からのぞく空 むやみに青くて眼にしみる  
駅前は相変わらずせわしなく 野良猫だって足早に通り過ぎる  
まぬけ面の銅像が ロータリーの真ん中で仁王立ち  
僕は居心地がわるくて 時計を見る回数がふえる  

久々の晴れ間 おあつらえむきの休日だけど  
O型マイペースを地でいく君は たぶんまだ夢の中  
地球はおかまいなしで廻っていくし 陽はすこしずつ西をめざす  
ふたりの時間が目減りしているけど 僕にはあらがうすべもなく  

僕はいつだって待っている 
君はまだこない

むかし若葉マークのレンタカーで 助手席に君を乗せて  
夜の街をあてもなく走り回ったこと 僕はまだ覚えている  
僕たちはいつのまにか 忙しいが口ぐせになって  
子どもみたいな無邪気な笑顔 なくしてしまった  

僕らの街は洒落てるでもなく 歴史があるでもなく  
流行りの店やおいしいランチ 海も山も夜景もない  
トラックが行き交う大通りに 信号と看板とさえない商店街  
それでもふたりで肩ならべて 歩くには十分だから  

僕はいつだって待っている 
君はまだこない



『ラジオ・ブックス』

悲しみも
喜びも
不安も
希望も
痛みも
笑いも
挫折も
成功も
しおりをはさんで 今日はここまで
ページをめくる 手をとめて
こころの本を 静かに閉じよう
つづきは明日 また明日
もう 眠ろう おやすみ



『神さま』

世界が僕を嗤うので、僕はいつも孤独だ
パンが僕を叱るので、僕はいつも空腹だ
鳥が僕を嘲るので、僕の背中には羽がない
太陽が僕を無視するので、僕の心は真っ暗だ
台風が僕の所にだけ雨を降らせるので、僕はいつもずぶ濡れだ
信号機が僕を忘れているので、僕はいつまでたっても向こう側にいけない
神さまは僕の声なんて少しも聞いちゃくれないくせに、僕をいじめることには熱心だ
それは好きな子をいじめる小学生に似ているので、神さまは多分、僕のことが好きだ

『2008年のアイコンども』

俺は金髪豚野郎
pigじゃないぜ bigだぜ

ブヒブヒ言って 自己主張
家畜社員は クソ喰らえ
田舎はバイバイ 東京で売買
非正規雇用で American Dream

ニートと一緒にされちゃ困るぜ
使役されるの ファッキング
株価暴落 底知らず
俺の野望は 天井知らず

Yo,Yo, ブヒブヒ
Yo,Yo, ブヒブヒ

俺は金髪豚野郎
pigじゃないぜ bigだぜ
センス イカして金メダル
だって、アナタとは違うんです!



『生活保護を受けながら俳優を目指す男』

目を開いても見えない光 夜空に託した怒り

ひとつ、杯をかかげて詞を綴り
ふたつ、頭蓋を焼き畑に
みっつ、世界と彼を嗤う
よっつ、心に釘を打ち
いつつ、蟲と星とを縫い合わせ
むっつ、萎びたうどん喰らう
ななつ、悪魔と指をきり
やっつ、天使の顔をして
ここのつ、嘘と詭弁で世を渡り
言葉遊びは、もう、飽きた

クラスで一番のイケメンだから俳優になる、と言う俺



『孵化ふかふか』

今日も時代が、薄ら笑いを浮かべている
心が看過され
愛は形骸化され
思想も鎮火され
正義なんて物笑いの種か
目下のところ、肩たたかれて「労働厨、乙」
馬鹿、馬鹿、馬鹿
見渡すところ、馬鹿ばかり

卵をあたためよう
どんなに大きな波も、卵を割ることはできない
この卵を孵すのは、僕たちの中の誰か



『よいではないか』

一握りの喜びすら掴んだことのない掌
どれほど駆けても辿り着く場所のない脚
どんな探し物をも見つけることができなかった瞳
あらゆる叫びがかすれてしまう喉
少しの愛情も受けとることがなかった唇

時の流れるままに僕の身体は
星の放つ光の速さで
ゆっくりと ゆっくりと 朽ちてゆく

過ぎ去りし風を振りかえることもなく
あたらしい季節を予感することもなく

時の流れるままに僕の身体は
檜舞台より明るい太陽の陰で
ひそやかに ひそやかに 死んでゆく

よいではないか



『君と描く夢』

脳みその地図を地平線に重ねてごらんよ
見えるだろう、僕たちが歩むべき道程が
どうかこの道が誰にも知られてませんように
大地の下の市役所では愛や希望や充足が給付されているけど
僕たちは前をむいて進んでいこう
あしもとを照らす光はない
背中を押す風は吹かない
でも
君となら行けるから
心の天国へ



『0』

自分のことを特別な存在だと思っている『俺』は、
死んでしまえばいい 
体裁ばかりを取り繕う『俺』は、
死んでしまえばいい 
誰かのために祈ったこともない『俺』は、
死んでしまえばいい 
人ごとみたいに「この国は、この国は」などという『俺』は、
死んでしまえばいい 
みんな死ねばいい 
死んで、灰になって、ゼロに戻して、そうしたら、草原をわたる風になればいい 
風はいつも自由で、なにものにもとらわれず、軽快に世界を飛んでいるから 
死んで風になれ
やれやれ
僕と『俺』との世界は、相変わらずパラレルだ



『夜』

夜が好きだ
午前二時くらいがちょうどいい
夜に吹く風が好きだ
渇いた心をそっと撫でて通り過ぎてゆく風だ
夜に吹く風の匂いが好きだ
胸いっぱいに吸い込んだそれは孤独と郷愁を孕んでいる
夜に吹く風の匂いをかぎながら街の灯りを眺めるのが好きだ
静けさに満ちた真夜中の街は途方もなく広大で、けれどほんの一瞬だけ僕の掌の中におさまる

朝は好きではない
午前五時くらいがが特にいけない
朝の白みはじめた空が好きではない
新しい光に夜が侵されていくのを見ると僕は悲しくなる
朝の白みはじめた空と地平線からのぼる太陽が好きではない
捕まえたはずの世界はいつのまにか掌からすべり落ち、圧倒的な陽光がすべてを暴いてしまう
朝の白みはじめた空と地平線からのぼる太陽を仰ぎながら眼をさました小鳥たちのさえずりを聴くのが好きではない
長い一日がまた始まる
次の夜だけをたよりに、僕は歩きだす

2009.10.01_23:58
空気人形ってなんだよ。
耳ざわりの良さそうな言葉に置き換えるんじゃねー。
非常勤講師に名を連ねているくせに三年間で一度しか授業をやってくれなかった是枝先生は、まず自分でダッチワイフを使ってみろ。
話はそれからだ。




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